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自分を変えた「信頼貯金」という生き方




精神に特化した訪問看護職についた看護師のAさんにお話を伺いました。


最近仕事はどうですか?


訪問看護の事業を社長と立ち上げ、やっと最近整ってきました。仕事以外に、学校のPTAや地域のことを色々受けることになっちゃっていろいろ忙しいですが、これから頑張って働かなきゃなと思ってます。


カランコエに来られる前はどんな生活をしていましたか?


看護の仕事で病んでしまって休職して家にいました。

社会から取り残されてしまった気持ちや、「逃げてしまった」という思いや、戻りたいけど戻るのが怖いなという気持ちがすごくありました。

ある日たまたま新聞の就職情報を見ていて、カランコエの記事を見つけました。カランコエの部分だけすごく光っているような感じがして、何か動き出さなきゃいけない!と、とりあえず電話しました。


相談に来られてどうでしたか?


そうですね。まずたくさんお話しできてそれだけでもスッキリしたんですが、「話を聞いて、紹介してたいところがある」と言われて、自分でもいいと思ってくれる場所があることが、運命のように感じましたし、それだけでも希望がもてたように感じましたね。


カランコエに通い始めてからどんな変化がありましたか?


以前は、家族の影響や、敷かれたレールに乗ってきた自分もいました。それが当たり前だったというか。自分で自主的に進むことにちょっと恐怖さえも持っていたところもありました。

カランコエに関しても最初は、自分の状況や性格、経験をスタッフが見て、「ここどう?」とか導いてくれるところだと思っていました。実際は自分の力で見つけていくのが《オーダーメイドの就労支援》という意味なんだとわかって、「今まで受け身で生きてきたけど、今からは自主的に動かないと何も始まらないんだな」と思いましたね。

カランコエに通うことは自体は、自主的に選択できたことで、今の職場でも「自分はどんな事ができるかな」と考えるようになりました。自分で行動を起こそうと思えるようになりましたね。


【自分を変えた「信頼貯金」という生き方】


カランコエに来て印象に残っている事が、らんぼうさん※の授業で、「信頼貯金を貯めましょう」「これからは風の時代で、信頼によって仕事が生まれたり、信頼によって繋がっていく、信頼されるための貯金を作りましょう」という話。

今までの自分は、イエスマンになっていただけで、でも結局そういう事じゃないんだなと思えてきました。


少し話が長くなりますが、、

その時ちょうどカランコエでハイキングにいくことになって、塾生のM君が「僕、幹事やってみたいんだけど、やったことなくて…」と悩んでいたので「じゃあサポートするからやってみなよ」とサポート側に回ってみようと声をかけてみたんです。


M君が悩んでいたら声をかけ、ハイキングの計画を一緒に作ってみたんです。M君に何かしてあげるというより、「悩んでいる人がいたら手を差し伸べる」「その人と同じ目線で全力で考える」「先々の心配より、目の前のことを全力で取り組む」そんな積み重ねで信頼貯金が作れていくもんじゃないかな、とちょっとずつ分かった気がしました。


もう一つ「これが自分の信頼貯金の作り方だ!」と思えたのが、カランコエスタッフから「仕事を一緒に手伝ってくれませんか?」といってもらえた時でした。

いつかカランコエのスタッフと一緒に、苦しい思いをしている人へのお手伝いをしたいと思っていたので、その言葉が自分の自信に変わり、間違いではなかったと確信しました。


信頼貯金を得るのは自分のためでもあったけど、人のためにもなって、それが自分も相手も嬉しくてウィンウィンな状態である事がちょっとずつ貯まって、「信頼貯金」というものを実感できました。

半年ですよ。半年でこんな経験ができたんですよ!すごくないですか?

積極的に自分を乗り越えて行くために挑戦したことで、濃い半年間にしたんだなと思います。


※らんぼうさん:カランコエのマインド授業を担当した講師。「あーすガイド」代表


挑戦が怖いこともあると思いますが、何がAさんをそうさせたんですか?


困っている人の力になりたいと思えたのが大きかったかもしれないですね。

自分は対人関係に自信を持ってるほうでしたが、前の職場ではあまり評価されず圧力などを感じて病んでしまいました。

カランコエに来てから、人間関係とか本音をいうことってやっぱり本当に大切で役立つんだと知ったから、もっと自分も役に立つ事ができないかなと思えました。

そのためにまず自分が上がっていく事が大切。今の場所から一歩でも前進して、「Aさんも頑張ってるし頑張ろう!」と周りにも伝播したらいいなと思いました。

本音で生きることの大切さを示して、誰かの勇気になればいいなと思いました。


今の職の決め手は?


痛みを経験した人じゃないとわからない痛みがあると思うんです。

スタッフさんに「自分の妻に現状を理解してもらえない」と泣きながら話したこともありましたが、「身内でもわからないことってあるんだ」って実感しました。

理解してもらえると思っていた自分も浅はかだったと思いました。そして、理解してもらうことにこだわることをやめました。


落ち込んで布団から出られなくなるとか、仕事に行けない、社会で生きる事が怖くなっちゃうって感覚を分かってもらえない。でも、経験した自分はその気持ちがわかる。

一人じゃ元気になれなかったし、カランコエに来てから周りでも生きづらさを感じている人がいることを知ったことで癒しがありました。カランコエでそういった経験ができたのは大きかったです。


ちょっとだけ一緒にいるとか、話を聞くとか、そういうことだけでも人って大きく救われたりするんじゃないかなと思うんです。それで福祉の仕事に目を向けました。福祉に焦点を当てて、サービス管理責任者の研修も受けて、福祉と医療に大きな違いがあることもよく分かりました。


医療は、「できるようになるためにはどうしたらいいか」と問題点をあげるんです。

福祉は、「これはできないけど、この強みがあるからそこを推していこうよ」と強みを推していこうという考えがあり、僕はそれに惹かれましたし、自分の性格にも合っていました。


【仕事が社会の評価基準になっている悔しさ】


カランコエに通っていて悔しかったことがあります。

ここに来て自分はどんどん良くなっていくのがわかるけど、それが周りや一番近くにいる奧さんに伝わらなかったのが悔しかった。

こんなに良くなっているのに「外出はできているけど、仕事はできてないよね」と言われ、《仕事できてない=変化してない》 と思われたのがすごく悔しくてもどかしかった。


自分は変わっても人には伝わらない部分もある。カランコエに通えてても周りから評価されないってこともあると思うし。仕事できるかできないか、が社会の評価基準になってしまっていました。自分でもそう思っていたんでしょうね。

立場上、子供を養う義務もあるし、人の考えは様々あっていいんだけど。

カランコエや福祉は、少しずつの変化を一緒に喜べるという部分にやりがいを感じます。


孤独やもどかしさ、生きづらさを感じている方へ


一人で悩まないでほしい。自分の世界が全てだと思わないで。

今まで受けた人の態度とか、仕事とか、そういうものが世の中の全てだと思って欲しくなくて、コップの中の小さな渦のようなもの。自分がそこに生きづらさを感じているなら、環境変えて、もっと違うところに、必ず自分を必要としてくれるところがあるから、大丈夫です。カランコエスタッフと一緒に探して、動いてみてください。


僕の場合は、《医療現場で第一線で働いている=立派な看護師》という看護師こだわりが自分の中で邪魔をしていました。医療の現場の第一線から離れるのが怖かった、その結果病気を招いてしまいました。頭の中の自分の世界の中で生きないで、もっと違うところを見て、経験して、再生していけばいいんじゃないかなと思います。


最後に


「あなたは太陽のような存在です」とカランコエスタッフに言われたことが僕の中で宝物の言葉になっています。「あなたがいるだけで、人が暖まりにくる人がいる。そんな存在だと思いますよ」と。太陽でも元気がない時もあるけど、自分は何をしなくても太陽で、自分らしくあるだけで、寒がっている人を暖められるような存在でいたいなと思います。


必ずきっかけがあり、いつかキッカケをつかめるまでカランコエには手を差し伸べてもらい続けてほしいなと思います。

そして、これから始まる精神に特化した訪問看護と、カランコエが一緒になってより多くの人が暖かくなるように頑張りたいと思っています。


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