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諦める(自分に観念する)ことがスタート

  • inforeborn150nagan
  • 17 時間前
  • 読了時間: 9分



「諦める(自分に観念する)ことがスタート」

---過剰適応を手放し、自分の感覚で生きるまで---


​勤めても、自営業をしても、周りの人の顔色をうかがっては承認を得ようと頑張り続け、すり減ってしまう。そんな過剰適応を人生で何度も繰り返してきたBさん。入院をきっかけに「この生き方、もう続けていくのは無理だな」と降参し、カランコエへと辿り着きました。


​Q.カランコエに来る前の状態と、ここを選んだ理由は?


​カランコエを利用するきっかけになったのは、喉の病気で緊急入院したことです。仕事や生活に強制ストップがかかってしまいました。


​振り返れば、私の対人恐怖や過剰適応の根本には、子どもの頃から母親のヒステリーや軽度の暴力が断続的に行われていた家庭環境がありました。周囲の機嫌をうかがい、怒らせないように顔色を読んで生きる。そうやって自分を追い込み、心身が疲弊して何もできなくなるパターンを、大人になってからもずっと繰り返していました。


でも、このときすでにこのパターンには気づいていたし、根本的な原因への対処を自分なりにうまくしてきたつもりでいました。母には既に、幼少期の苦しみを打ち明けて聞いてもらい、仲直りもしていました。なのに、思考のクセやパターンはなかなか手放すことができなかったようで、結局またダメになってしまった。そのショックが大きく、「これからどうやって生きていけばいいんだろう」「今までの努力って何だったんだろう」と、すっかり絶望してしまいました。


でも、落ち込み続けるうちに「あー、もうこれは自力ではどうしようもないんだ。誰かに助けてもらうしかない。サポートを求めてみよう」と、やっと諦めがついたんです。

​退院後は、無理なく続けられる自分に合った働き方を探そうと、就労移行支援の事業所を探しはじめました。最初は「うまく仕事を続けていけるスキルが身につけばいいなぁ」「いい職場がみつかるといいなぁ」ぐらいに考えていました。


ですが、いくつかの事業所に見学や体験に行く中で、「自分に必要なのはスキルやノウハウよりも、在り方や生き方の土台を整えることなのでは?」と気づいたんです。そんな折に、自分の気づきと共通する理念を掲げるカランコエと出会いました。


​「がんばれば普通の人っぽくやれてしまう、白に近いグレーゾーンの自分が、この施設を利用していいのだろうか?」という不安や罪悪感もありましたが、相談したところ「もちろんです。そんな人の力になりたいです。」と快くお返事いただけて、すごく心が楽になりました。その後、アドラー心理学やNVC(非暴力コミュニケーション)、座禅などの授業を体験してみて、「ここならしっかり立ち止まって自分と向き合い、生き方を整えられそうだ」と感じ、通所を決めました。



Q.通い始めて気づいた「自分のクセ」とは?


​カランコエに来てからも、最初の2ヶ月くらいは過剰適応のクセが強く出ていました。対人恐怖や焦りから、「カランコエではどんな自分が求められているんだろう」「早く目に見える成長や価値を示さなきゃ」と、周囲の期待を勝手に作り出して、緊張したりモヤモヤしたりしていました。


ある日の個人面談で「午後の活動は何をしたらいいですか? 自己分析や企業研究ですか?」とスタッフさんに尋ねたところ、「今は何もしなくていいですよ」と言われて頭の中は大混乱。「何もしなくていい!? 適応する先がないんだけど!?」って(笑)。小さい頃からずっと、適応先がないことなんてありませんでしたから。


​仕事や家庭から離れて「何をしてもいい時間」をもらった私は、読書や映画、散歩など、とりあえず気の向くままに過ごしました。ところが、気づけば「このことから何かを学んで力に変えなくては!」と、また自分にノルマを課して苦しくなっていました。「好きなこと」を聞かれてもすぐに答えられないのは、こういう思考パターンのせいだったんだと気づきました。「こういうことを手放すために、自分はここに来たんだな」と確信した瞬間でした。


​それからは、「苦しくなったらやめてOK」「楽しさ、心地よさ、安心感などの感覚を、そのままただ味わうだけでいい」と自分に許可を出せるようになっていきました。そんなに自分を追い詰める必要はないのだと、だんだん腑に落ちていきました。



Q. 仲間や講師の方との関わりはいかがでしたか?


​最初はやっぱり、「がんばれば普通に生活できる自分がここにいていいのだろうか」と感じていました。でも、利用者のOさんとの何気ない会話の中で「一見普通の人に見えるけど、ここにいるってことは、何かあるってことですよね」と言ってもらえたんです。その瞬間に「ここでは、平気なフリ、普通のフリはしなくてもいいんだ」と、すごく楽になりました。


​特別授業の講師の中に、「強くたくましく、逆境にも負けずに生きてきました!」という感じの方がいて、最初は「絶対に仲良くなれないタイプだ」と思いました。でも、よく考えたら自分も見栄を張って強く見せたいタイプだったので、いわゆる同族嫌悪だと気づきました。だからこそ、「たくましく見せている姿の奥に、その人らしさや想いが隠れているはずだ」と信じられました。それからは、その方の人生についていろいろ質問するようにしました。

すると、その方が内面の深いところをシェアしてくださるようになり、自分と共通する痛みを抱えていたことにも気づけました。「相手も同じ人間なんだ」と心から感じられ、上下や強弱の関係ではなく、同じ目線で繋がれた貴重な体験でした。


​その他の授業でも、講師や利用者の垣根を越えて、いろんな人のストーリーや感情、価値観などを語り合う機会に恵まれました。それが自然と自己受容を深めてくれました。「あの人の悩み、自分にもあるな」「自分もそうやって頑張ってきたよな」と、人を受け入れることが自分を受け入れることにつながっていきました。自分が語った言葉が、誰かの生き方にそっと響いたと思える瞬間もありました。


「生き方が普通から外れてしまった」という恥の気持ちがどこかにあり、最初は隠れてしまいたくなる自分がいました。でも、正直にありのままの自分を分かち合うからこそ、お互いの人生の意味を認め合い、尊重し合えるのだと気づくことができました。



Q.思考や感覚の変化はありましたか?


​カランコエで過ごす中で、さまざまな執着を手放し、無理のある生き方を諦めていきました。最終的には「どんな人生でも、ユニークでおもしろい」という、人生の核になる大きな気づきも得ることができました。


​午後の自由時間にジャーナリング(書く瞑想)をしていたとき、ふと、あの喉の手術の場面をリアルに思い出したんです。そこには、喉に注射やメスを入れられて痛みに悶えている自分だけでなく、それを観客席から眺めながら「なにこれ! めっちゃ必死に生きてて、おもしろい人生じゃん!」と、自身を愛おしみ、おもしろがっているもう一人の自分がいました。「あの視点が確かにあった。その視点はいつでもあるんだ」とわかったとき、人生への信頼感がすごく強くなりました。

「働いて悩んでも大丈夫。たとえおもしろがれないようなことがあったとしても、苦しみや悩みの中にいたとしても、人生の観客席から見たら、すべてがおもしろくなるようにできている」そう思えたら、すごく気が楽になりました。


​同時に、「でも、何しても大丈夫なら何すればいいの?」という新たな悩みも生じましたが、「じゃあ、安心感や気楽さといった自分の感覚に従ってみよう」と思えるようになりました。これは今までの自分にはない考え方でした。


ヨガや座禅、フィットネスの授業を通して心身をたくさん観察してきたおかげで、自分の感覚をヒントにして生きることへの抵抗が少なくなっていたのだと思います。頭で考えて損得勘定ばかりしてきた自分にとって、感覚を磨く授業は想像以上に意味がありました。

​そうしたら、体を動かして身体感覚を味わうことが好きなことに気づけました。新しく始めた学校の仕事も、春から住み始めた自然豊かな新しい土地も、自分の性に合うものを見つけられたなと感じています。


また、人と対等につながれたときに心身が穏やかに緩む感覚も好きなので、これも学校の仕事に合っている気がします。加えて、ナラティブ・セラピーの資格を取ったり、NVCの学びを続けたりしています。



​Q.就職活動はどのように進めていきましたか?


​「負荷なく稼げて、自分の持ち味が生きる、自然体に近い仕事」を探しました。ぼくの生き方や存在自体が、だれかへの貢献になるところはないかと考えてみたら、学校が思い浮かびました。


以前、小学校で担任をしていたときは、効率よくわかりやすい成果を出すために、子どもたちを枠に当てはめるような指導をしてしまっていました。保護者の要望を過剰に想像して、必要以上にせかせかと働いていました。教員はマルチタスクな仕事ですが、実はマルチタスクがとても苦手な自分。心身をすり減らして無理してなんとかしようとしていました。「あんなふうに働くのは、もうやめよう」と思いました。かといって、また担任を引き受けたら同じことをしてしまうかもしれない。

​それならいっそ「支援員」という役割なら、子どもたちの肩の力を抜いてあげられて良さそうだなと思いました。


とは言っても、ちょうどいいタイミングでの募集はなかったし、焦って無理に仕事を探すのは違和感がありました。実は先に決めたのは、子どものフリースクール通学のために移住すること。まずは自治体に移住相談に行きました。住むところはありそうだったので、そのときついでに「学校で仕事はないか」と聞いてみたところ、支援員の仕事を紹介されてトントン拍子に決まりました。でも、そのように事が運んだのは、自分の心の準備がちゃんとできていたからだと思います。準備ができていなかったら、仕事の話があっても、持ち帰ってうやむやにしていた気がします。



Q. カランコエに来る前の自分に声をかけるなら?


「助けてくれる人はちゃんといるから、安心して助けを求めていいよ」​「常に最善で生きているんだから、自分の至らないところにバツを出さなくてもいいんだよ」と言いたいです。「もっとできたはずだ」「もっと成果を出して……!」と自分を追い詰めていた過去の自分に、「その時々の限界までベストを生きてきたんだから、そんなに焦らなくていいんだよ」と伝えたいです。



Q.生きづらさを感じている方へメッセージをお願いします。


​自分を助けようと精一杯生きていると、周りの人もちゃんと助けてくれます。でも、「サポートを受けてもいいんだ」って自分にOKを出さなければ、差し伸べられている手を掴むことはできません。

​自分を許して、凸凹なありのままの姿を認めて、観念する。背伸びや頑張りすぎ、自分をよく見せようとしている自分に気づいたら、それは持続性のない無理をしているのだと「諦める(自分に降参する)」ことがスタートです。

そうすれば、きっと周りの助けの手が見えてくるはずです。



【編集後記】

「過剰適応」を手放し、自分の「感覚」を取り戻したBさん。「諦める」とは、自分に降参してありのままを受け入れること。観念すること。死の視点から人生を面白がり、自分の心地よさを選んで生きる彼の表情はとても晴れやかでした。背伸びをやめて差し出された手を掴むこと——彼が残してくれた言葉は、頑張りすぎてしまう多くの人の心を優しくほどいてくれます。

 
 
 

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